館長からのメッセージ

復興日記より2 アクアマリンふくしま、よみがえる、再開館とがれき座興業開始

あれから100日、私たちは復興計画と資金計画と時間と戦ってきた。傷だらけの2号埠頭の「指」にふたたびアクアマリンを輝かせることができるだろうか。この機会に、水族館へのアプローチに、駐車場の用途を変更して、広大な展示スペースを確保する構想を描いた。土木工事は、時として自然も破壊してきたが、今や、重機が地響きをたてて、傷跡をつくろっているのを見ると頼もしくさえ思える。新しい体験だった。傷だらけのままで、どのようにして開館するか。表通りからの地味なアプローチをどう飾るかは、災害前からの課題だった。沿道のツツジの植栽は津波で枯れた。その後にソバを播いた。アクアマリンアグリの花壇の金属フレームも津浪でばらばらになった。それらを組み立てて季節の野菜の種をまき、苗を植えた。はぎとったアスファルトのがれきを活用して「がれき座」の舞台を作った。ここを舞台にしたまつりが地域に生気を蘇らせることを期待している。がれき座の看板には、潮目の海の水槽内で起きた津波によって破損した隔壁のアクリル板を使った。

(6月16日)


■いやしの構造

 私は館内の通路でおおいばりの自動販売機が大嫌いだった。営業利益を我慢して南北テラスから自販機を取り払った。格段に南北テラスからの景色が良くなった。この機会にそこに懸案の盆栽空間をつくることにした。

テラスでの盆栽常設展示 テラスでの盆栽常設展示

大工の棟梁には桧の節の多いところを使って一間×3尺の台をつくってもらうことにした。これを3ツ組み合わせれば一辺が5m40㎝のテーブルになる。テーブルの高さは60㎝。その上に25ミリの中国山東省産の切石をならべた。その周囲には青竹の垣根を置く。日本庭園風になった。盆栽は地域の好事家から借りてきた。四季変化をもたせ、山野草もそえる。盆栽教室もよいだろう。会津若松の鶴ヶ城の茶園のように、抹茶をたてて500円頂戴するのもよいだろう。多くのシニアが心に傷を受けた。よみがえったアクアマリンではいやしの空間をつくり、疲れたシニアを迎え入れる。

(6月16日)

■よみがえった、アクアマリンふくしま

何が再開館に追い風になったのだろうか。ユーラシアカワウソのチロルが行方不明になった。夜な夜な捜索したが見つからず、あきらめかけていた。3月21日、水の抜けた水槽の壊れた擬岩の陰に隠れているのを、職員が発見した。私は、この僥倖(ぎょうこう)から全てが始まったように思う。調査を経て、建物のダメージが少なかったことが僥倖の二つ目。僥倖の三つ目は、海水取水ラインが健全であったことだった。僥倖の四つ目は、空梅雨だった。

 どれが欠けても再開は難しかった。重機がうなりをあげて復旧を加速させた。さらに日本動物園水族館協会のネットワークが稼働した。7月に入って大動物と生きた化石が里帰りしてきた。収集ルートを活魚トラック「碧竜」がフル回転した。長いトンネルだった。光明がみえたのは6月も半ばすぎだった。

25t活魚トラック「碧竜」 25t活魚トラック「碧竜」

がれき座で、再オープンセレモニーを挙行した。アクアマリンふくしまは、よみがえった。全てに、ありがとうと言いたい。

復興再オープン式典「アクアマリンふくしまよみがえる」 復興再オープン式典「アクアマリンふくしまよみがえる」

(7月15日)

アクアマリンふくしま 館長 安部義孝